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環境中に排出された金属がどの程度農作物に入るのか? AIST-MeTraの紹介

メンバー 小野 恭子
AIST-MeTraは,産業起因で大気中に排出された重金属が,農作物に移行するとき,その寄与濃度および暴露量を推定するツールです.

開発のきっかけ

 開発のきっかけは,金属のリスクトレードオフ解析の際,人為起源で排出された金属がヒト健康リスクにどの程度影響するのかを評価することが必須であったからです.金属のヒトへの暴露は,食品,なかでも農作物(穀類,野菜)からの暴露が主であることから,環境中から農作物への移動・蓄積を記述するモデルが重要と考えられます.

 このプロセスを記述するモデルとして,環境科学の分野で多く使われてきたのはマルチコンパートメントモデルです.ただし,各コンパートメントの物質濃度推定に重要なパラメータである蒸気圧や水-オクタノール分配係数は,金属への適用が難しいことから,別の考え方が必要と判断しました.ここでは,放射性物質の陸域での移行量予測(IAEA 2010)や,米国のスーパーファンドサイトにおける汚染土壌のスクリーニングレベルの決定(US EPA 1996)で採用されている考え方を適用しています.

推定の基本的考え方

 放射性物質の移行量予測は,移行係数モデルにより行なっています.本モデルは経験的なパラメータに依拠するものですが,必要なパラメータが少なく取り扱いが簡単な静的モデルです.式は下のように非常にシンプルです.

TF=Cve/Csoil

ここで,

TF:土壌食物移行係数[-]
Cve: 植物可食部中物質濃度[Bq/kg]or[mg/kg]
Csoil: 土壌中物質濃度[Bq/kg]or[mg/kg]

特徴

 ユーザーは農産物のカテゴリー(コメ,葉菜,根菜,飼料作物)と金属元素(現バージョンでは鉛,錫,銅,銀)を指定するだけで推定が可能です.移行係数データはIAEA(2010)に掲載されている値のほか,日本の現実に即したデータを独自に収集して,AIST-MeTraのデータベースに搭載しています.なおIAEAの移行係数データは約50年にわたって体系的に収集されたもので,値の信頼性が担保されています.

 AIST-MeTraは日本国内の土地利用データを内蔵しており,AIST-ADMERにより計算された大気沈着量と土地利用情報を地域ごとに結合することにより,地域特異的(1kmメッシュごと)に農作物への金属移行量を推定したうえで,地域ごと(たとえば関東地方)の農作物中平均濃度を出力します.大気沈着量の大きい土地で農作物が生産されていれば暴露量が大きくなることが再現できるなど,日本の実態に即した暴露評価が可能になります.

 なお,地域ごとの平均濃度とした理由は,日本の一般的な消費者の場合,「ある特定の1kmメッシュ内で生産された農作物だけを食べる」よりも「地域内で生産された農作物をランダムに食べる」というシナリオのほうがより現実的な曝露シナリオであると判断したためです.

本ツールの使用上の注意点と課題

 AIST-MeTraで考慮しているのは,その年に大気中に排出された重金属のうち農作物に移行する量です.土壌以外の経路での取り込み(たとえば,大気から葉への直接取り込み)および土壌中にバックグラウンドとして以前から存在した金属の取り込みを現バージョンでは考慮していません.また,単年度の予測を前提としているものであるため,長期間にわたる金属の沈着を考慮したい場合には,別のパラメータにより補正が必要です.農作物の金属取り込み速度は沈着からの時間によって変化することが指摘されており,これは金属が時間とともに土壌粒子に強く固着するためと言われています.

 移行係数モデルの欠点は,農作物濃度の時間変動を考慮できないことです.農作物の成長段階や収穫時期によって濃度が変化するような物質に対しては,動的コンパートメントモデルを用いる方が適切です.ただし動的モデルは用いるパラメータが多く実用性に劣り, 生育段階ごとの検証が必要である(保田と井上1992)ため,本ツールでは要求される推定精度とのバランスを鑑みて移行係数モデルを採用することにしました.

 また,移行係数モデルでは土壌中濃度以外の影響因子を考慮しません.寄与度の大きな因子として土壌のpH,有機炭素含量等が指摘されており(小野 2012),これらを組み込んだ移行式も選択できるよう,ツールの拡張を予定しています.

参考文献

International Atomic Energy Agency (IAEA) (2010) Handbook of parameter values for the prediction of radionuclide transfer in terrestrial and freshwater environments.
http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/trs472_web.pdf
US EPA (1996) Soil Screening Guidance: Technical Background Document. Appendix G, http://www.epa.gov/superfund/health/conmedia/soil/pdfs/appd_g.pdf
小野 恭子(2012)金属類の媒体間移行暴露モデルでの使用を目的とした土壌-植物移行量予測の現状と課題およびコメ中カドミウムにおけるケーススタディ,日本リスク研究学会誌, 21-3:183-193.
保田浩志,井上頼輝(1992)土壌-植物系における亜鉛の挙動に関する基礎的研究(II),保健物理,27,295-303.