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新興リスクとしての“Natech”:自然災害と産業事故の間のギャップを埋める

メンバー 岸本 充生

Natechとは、自然災害起因の産業事故(natural-hazard triggered technological accidents)を指す概念であり、Natech研究は近年、欧州を中心に活発に行われている。ところが日本ではまだこの概念の知名度はほぼゼロで、2009年にOECDが実施した加盟国アンケートでは日本からは回答さえ無かった。Natech概念が重要なのは、気候変動、途上国での産業化・都市化、新規技術の普及、社会の複雑性・相互依存性といった理由から、今後ますますNatechが増えることが想定されるにも関わらず、対応する行政組織、法規制、研究機関、研究者などが、自然災害系と産業事故系に分断されていて(実際はその中でもさらに細分化されている)、機動的・組織的な対応がとれていないからだ。もちろん、Natechは概念としては新しいが事象としては工業化以来すでに多くの事例があり、東日本大震災はその典型例の1つである。しかし、Natechリスク特有の評価や管理のための方法論はまだ開発途上である。

Natech概念が初めて提案されたのは1992年の論文である。欧州でNatech概念が注目されたきっかけの1つは、2002年にチェコ共和国で起きた洪水の際に化学工場から400 kgの塩素が流出した事故であった。欧州ではNatech事故を集めたデータベースも整備され、それらのケーススタディに基づき、化学プラント事故において用いられている定量的リスク評価(QRA)の枠組みを拡張させる形で、Natech特有のリスク評価・管理枠組みの開発が進められている。提案されている手順は次のとおりである(Renni et al. 2010)。

  1. 自然事象の特定(その頻度と強さ)
  2. 対象とする施設の特定・リスト化
  3. 被害状態と参照シナリオの特定(イベントツリー作成)
  4. 被害確率の推計(施設の被害モデルの作成)
  5. 参照シナリオの帰結の評価(帰結分析モデルの作成)
  6. 起こりうる組み合わせ事象の特定
  7. 各組み合わせの発生頻度/確率の計算
  8. 各組み合わせの帰結の計算
  9. リスク指標の計算

これまでの研究対象は、主に、地震、洪水、落雷であった。津波に関するデータは不足しており、リスク評価方法論の検討も遅れていることから、欧州のNatech研究者の東日本大震災に関する関心は非常に高い。また、OECD(経済協力開発機構)の化学事故作業部会(WGCA)では2012年5月に初めてのNatechワークショップをドイツ、ドレスデンで開催した注1。重要インフラや産業施設の事故に関する規制担当省庁/部署は細かく分かれており、Natechのように大規模な産業事故になりやすい場合の効果的な対応が妨げられている可能性が高い。東日本大震災を機に、将来起きるNatechの被害を軽減するために、日本においても、Natechという新しい切り口を活用し、これまで分断されてきた、自然災害の研究と産業事故の研究の間のギャップを埋めるための調査研究が進められるべきである注2)

注1)  安全科学研究部門の和田有司研究グループ長が東日本大震災でのNatech被害についての報告を行った。
注2)  フランスのNatech研究者と共同で今年度末までINTERNATECHプロジェクトを進めている。