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食安委の「放射性物質の食品健康影響評価案」についてパブコメを提出

メンバー 岸本 充生

食品安全委員会が7月26日、放射性物質の食品健康影響評価についての審議結果(案)を公表し、8月27日までパブリックコメントが募集されている。リスクの評価あるいはガバナンスに関わる様々な論点を含む興味深い内容になっているので、パブリックコメントを書いて、提出した。コメントは4つの項目からなっているが、後半の2項目は評価書を超えた内容になっている。
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評価書に「指標値を導出できなかった」と明言すべき

厚生労働省から食品安全委員会に対して3月20日に求められた意見(厚生労働省発食安0320第1号)は「食品衛生法第6条第2号の規定に基づき、有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるものとして、放射性物質について指標値を定めること」でした。本評価書案ではこの依頼に回答できていないと思います。その通りなら、「回答できなかった」ときちんと書くべきです。

「100mSv」という値も、Ⅷ章で「放射線による影響が見いだされているのは、・・・おおよそ 100 mSv以上と判断した」あるいは、「追加の累積線量として 100 mSv 未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった」と書かれているだけで、とうてい「指標値」であるとは読み取れません。万が一、「生涯で100mSv」が「指標値」であるということならば、きちんと「指標値を生涯100mSvとする」という書き方にすべきですし、そうした上で改めてパブリックコメントにかけるべきです。100mSvが指標値となるなら「統計的に有意かどうか」によって指標値が決まるという史上初めてのやり方になりますので、その妥当性については相当議論が必要だと思います。

どちらにせよ、書き方があいまい過ぎるため、「生涯で100mSv」がまるで依頼にある「指標値」であるかのような誤解が世間に広がっています。また、食品安全委員会も、その誤解をあえて誘導しているように見えます。例えば「食品安全委員会委員長からのメッセージ」において「累積線量としておおよそ100mSvをどのように年間に振り分けるかは、リスク管理機関の判断になります」と書かれていて、これは誤解を招く表現であるため、訂正すべきだと思います。万が一、 100mSvを指標値とみなそうという意味なら、このような一番大事なことはきちんと評価書の中で明言すべきです。

食品安全委員会のこれまでのリスク評価手法と整合的であるべき

放射性物質のように遺伝毒性アリの発がん性物質の食品健康影響評価(リスク評価)はこれまでいくつか実施されています。意図的に添加されるもの(例えばアカネ色素)についてはおおむね、遺伝毒性アリの発がん性であるというだけで使用禁止措置がとられています。これらに対して、非意図的な発がん性物質の場合は、線形の用量反応関係が導出されています。例えば、総アフラトキシンのケースです

要約には次のように書かれています。「総アフラトキシンは遺伝毒性が関与すると判断される発がん物質であり、発がんリスクによる評価が適切であると判断された。・・・発がんリスクについては、人の疫学調査の結果から、体重1kgあたり1ng/日の用量で生涯にわたりAFB1に経口暴露した時の肝臓癌が生じるリスクとして、HBsAg 陽性者では0.3 人/10 万人/年 (不確実性の範囲  0.05  ~  0.5人 / 10万人/年)、HBsAg陰性者では0.01 人/10万人/年 (不確実性の範囲  0.002   ~ 0.03 人 / 10万人 / 年) となった。」と書かれています。これらは高用量地域での疫学調査からの低用量への外挿のようです。同じ「遺伝毒性アリの発がん性物質」である放射性物質でも、同様のリスク評価を行うべきです。

また、「ヒトにおける知見を優先する」ことには賛成ですが、これはヒトで十分な情報がある場合の話だと思います。ヒト疫学において、指標値を得るための十分な情報が集まらなかったのであれば、動物試験データなどを参照するというのは食品安全委員会において通常実施されているリスク評価の手順だと思います。本評価書案では、「動物実験あるいはin vitro実験の知見よりもヒトにおける知見を優先することとした」と最初から決めてしまい、ヒト疫学データが不十分であることが分かったのちも変えていないところに違和感があります。

食品安全委員会における「リスク評価」のあり方を見直すべき

食品安全委員会がこれまで実施してきた「リスク評価」では、データがそろわないと実施できないという限界があります。これは本来の意味でのリスク評価ではありません。リスク評価はもともと不確実性が残る場面で、影響の大きさをどのように見積もるかという、約束ごとを含む社会技術です。これは「科学的」という言葉を、「データが揃っている」と限定的にとらえ過ぎているからだと想像します。確実なデータ(食品安全委員会が行っている「リスク評価」)とリスク管理の間には大きな溝があり、本来はその溝を埋めるのが規制科学(レギュラトリーサイエンス)としてのリスク評価のはずです。許容1日摂取量(ADI)や耐容1日摂取量(TDI)の導出、あるいは先に指摘したように遺伝毒性アリの発がん性物質の場合の低用量外挿などは、ある種の約束ごと(規制科学)に踏み込んでいます。本評価書案ではウランのTDIを求める際に、ラットでの最小毒性量を「不確実性係数300」で割っています。これも約束ごと(規制科学)です。ウランのTDIの導出において約束ごとを採用し、放射性物質一般の影響について、遺伝毒性アリの発がん性物質の場合の約束ごと(低用量に線形外挿)を採用しないのは矛盾です。

食品安全委員会はBSE問題を受けて設立されましたが、上記のように、データがないものの評価を放棄している現状では、社会が一番知りたい不確実なもの(国民のほとんどの不安要因がこれにあたる)はことごとく食品安全委員会の評価対象となりえず、今再び、BSE問題のようなケースが起きた場合、食品安全委員会では「データがないので評価できない」となり、被害が起きる前の早期対応が不可能です。例えば、ナノテクノロジーやクローンといった新規技術に関連するリスクのほとんどが不確実な案件であり、誰もリスクを評価せずに放置されてしまうことになります。

放射線の許容量を決める仕事は国として実施すべき

食品安全委員会の評価書案へのパブリックコメントとしては不適切なコメントですが、評価書案で実施された評価の仕事は、食品安全委員会が実施する前に、本来、国として放射線全体の許容値を定めてから、その数字を外部被曝と内部被曝に配分し、内部被曝の許容値を食品や飲料水に配分するという手順をとるべきです。このことを、食品安全委員会としても正式に国に提言すべきだったと思います。ただその場合には、食品安全委員会の役割は、配分比率を決めることだけになってしまいます。

「国としての放射線の許容値」を決める仕事は、原子力安全委員会など、全体を見るべき立場の組織が実施すべきだと考えます。2003年には、原子力安全委員会安全目標専門部会から、許容リスクレベルについての中間報告が公表されました。しかし、その後中断してしまったようです。遺伝毒性アリの発がん性化学物質の場合は、1996年の中央環境審議会が「・・・閾値がない物質については、曝露量から予測される健康リスクが十分低い場合には実質的には安全とみなすことができるという考え方に基づいてリスクレベルを設定し、そのレベルに相当する環境目標値を定めることが適切である」という考え方に基づいて、「現段階においては、生涯リスクレベル10-5を当面の目標に、有害大気汚染物質対策に着手していくことが適当である」と答申し、この考え方に基づいてベンゼンの大気環境基準値が3μg/m3に決められた。この「10万人に1人(=10-5)」という数字には「科学的な」根拠はありませんが、社会の約束ごととして機能しています。放射線リスクについても、同じ数字である必要は全くありませんが、まずは「どのリスクレベルをもって許容可能とするか」についての約束ごとを決めることから国として取り組むべきだと思います。

以上。