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Funeral Relatives (遠い親戚)

メンバー 中西 準子

 父の死から37年経った今年の8月中旬の日曜日に、私達兄弟は近親者によびかけて、父の生誕100年記念の会を開いた。まず、父母の墓に集まり、それから横浜市の上郷・森の家に場所を移して,近況を語り合った。父は上二人が女、その後が男だけの七人兄弟の次男であった。同文書院、満鉄調査部と進み、共産主義運動に身を投じ、日中戦争に反対した活動のために死刑の求刑を受け、終戦の時は巣鴨拘置所に勾留されていた。弟三人はいずれも父の影響を受けて共産主義運動に参加し、治安維持法違反などの罪に問われ、一時は兄弟三人が同時に拘置所や刑務所にいたこともあった。こういう事情もあって、父と弟達の信頼感は厚く、仲が良かった。戦後、我が国の共産主義運動はいくつもの派閥に分裂し互いに死闘を続けたが、その過程で兄弟達は別の派に属することになってしまった。組織としては戦いつつも、兄弟は仲が良く、その子の世代の私達も何かあればいつも助け合ってきた。

そういう経過があるからだろう、100年のお祝いにも総勢24人が参加した。参加者の系図を描いてみた。

100年の会に出席した親族

中心の点線の◯が父の兄弟。その子供の世代を☐で、孫の世代を◇で、ひ孫の世代を小さな◯で表した。当日の出席者には色をつけてある、また、☐や△が二重になっているのはその配偶者も同席したことを示している。参加しなかった人については、関係を説明するために必要な人以外は描いていない。色は虹の色に従い、80代から10代までを表現した。

甥っ子が100年記念を表した実にこった図柄を描き、それを印刷したTシャツを皆のお土産にした。当日、急遽欠席になってしまった私の1才の孫のためには、同じ図柄のロンパースだ。それが披露された時には笑いがはじけ歓声が上がった。

主催者として妹は“法事ではなく、楽しいことのために集まりたかった”と言った。いとこ達も楽しいことで集まれるのは嬉しいと次々に言っていた。そう言えば、伯父達の葬儀や法事が続いていた。それを聞きながら、私はふとfuneral relativesの反対かと思った。Funeralは葬式、relativeは親類で、funeral relativesは法事のときくらいしか顔を合わせることのない遠い親類を指す。我々はこの反対で、楽しい材料を見つけて集まろうという親類というところだなと。英語なら何だろう?Fun relatives か?勿論こんな英語聞いたこともないけど。

終わった後も楽しさが残る集まりだったが、90歳の病気の母、大学、学会の雑務、それに市民運動の様々なことを抱え、つぶれそうになっている従兄弟の話をゆっくり聴く暇もなく、つくばに戻ることになってしまったのは申し訳ない気持ちだった。