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あらまほしき研究者~第10話 寿!

メンバー 松永 猛裕
 この春、私の研究室を寿退社する方がいる。とても有能な方なので研究室としては大打撃であるのだが、快く送り出すしかない。幸せな家庭を築くことができるよう心からお祈りしたい。ところで、年度末の激務で書きそびれてしまったが、私共は先頃、銀婚式を迎えることができた。私がちょうど50歳なので、一人でいた時間よりも二人でいる時間の方が長くなった。感無量である。計算するまでもなく、25歳での結婚だ。「早すぎない?」と言われるかもしれない。断っておくが、「できちゃった婚」などではない。研究者らしい計画的で冷静な結婚だった。今回は、寿退社する I さんと夫となった H さんに私共の結婚にまつわる話を贈りたい(ちなみに I さん達は今ふうに外国で結婚式を挙げたようなので、私が「職場上司のスピーチ」をする機会はないらしい)。

第5話に書いたように私の家は貧しく、東大に入れたのは良いが、その後の学費や生活費等については楽観できる状態ではなかった。加えて学部2年の夏に父が脳卒中で倒れてしまい、働くことができなくなった!まさに喜びもつかの間、お先真っ暗の大ピンチだった。しかし・・世の中、そんなに冷たいものではない。親の収入がない場合、学費が一部免除になることを知った。また、日本育英会の奨学金というありがたい制度のお世話にもなった。単位を落とさずに質素に暮らせば卒業できそうな状況だった。

しかぁし、科学はやっぱり面白い!できることならば、将来、研究者として学究の道を歩みたい。それには大学院に進み、博士号を取得するのが近道らしい。うーん、軍資金をどうするか?

悩んでいた学部4年の頃、家内と付き合い始めた。彼女は文系で決めたとおりに事が進まないとイライラする典型的なA型、私はセンス・ひらめきで勝負したい場当たり的なB型、相性は良くないはずだった。ところが共通点が3つあった。1つめは、家では居心地が悪く、さっさと独立したいと思っていたこと。2つめは、戦争を経験した昭和一桁生まれの父親がヘロヘロで長生きは期待できなかったこと。3つめは、彼女は千葉の海辺育ちであり、私同様にシーフードグルメであること(第6話参照)。私共は「私の卒業までは貢いで頂き、その後は私にお任せあれ!」という長期経済協力協定に合意した。

1985年、博士課程1年で結婚した。男のあこがれである「ひも生活」だ。もちろん、両方の親は「稼ぎのない男」の結婚に反対した。しかし、こういう場合の親の反対はほとんど無力だ。その後、1年足らずで私の父が亡くなった。また、私の卒業&就職を前にした2月には義父も他界した。私共の2つめの共通点は不幸にも現実となった。早くに結婚したことで少しは安心して頂いたかもしれない。義父には私が研究者としてつくばに行く予定であることを報告できた。また、4月には出産予定だったので孫ができることも知っていた。「私の就職まで待つべきではない」という私共の判断は冷静だった!

15歳で出家し精神的に自立、25歳で無職ながらも結婚し経済的に独立、ずいぶんと思い切ったことをしたものだ。親としては「頼もしい」というよりも「かわいげのない」子ではなかったか?しかし、そうまでして「夢」を追いかける子に文句を言う親はいないだろう。金婚式までさらに25年。そろそろ奥様孝行でもしながら「守りに入りたい」ところであるが、私共の「かわいい」子供達が独立するまではそういうわけにはいかない。

次回:3月下旬更新予定