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ネオニコチノイド系農薬のリスクをめぐる科学と社会

メンバー 岸本 充生
養蜂のために飼育されているミツバチがコロニーごと姿を消す現象が2006年以来世界中で報告されるようになり、これらは蜂群崩壊症候群(CCD)と呼ばれるようになった。当初は、携帯電話説、遺伝子組み換え作物説、地球温暖化説、など様々な説が提唱されたが、2012年頃から「犯人候補」としてネオニコチノイド系農薬が急速に注目を集めている。ネオニコチノイド系農薬は1990年代初期に「低毒性農薬」として登場し、日本では近年、年間400トンほどが利用されている。

 2012年4月、ネオニコチノイド系農薬の1つであるチアメトキサンに曝露したミツバチの帰巣率が下がるという実験結果や、同じくネオニコチノイド系農薬であるイミダクロプリドに曝露したマルハナバチの増殖率(コロニー重量)の低下、および、新しい女王バチの数の85%の低下が見られたという実験結果がScience誌に発表されるや否や、欧州委員会は、欧州食品安全庁(EFSA)に対して3種類(当初は5種類)のネオニコチノイド系農薬のミツバチのリスク評価を依頼した。特に、コロニーの生存と発達への急性及び慢性の影響と、非致死的用量の生存や行動への影響が挙げられた。リスク評価結果は2013年1月16日に、イミダクロプリドチアメトキサムクロチアニジンについてそれぞれ公表された。曝露経路は、1)種子と顆粒剤からの粉塵としての飛散、2)花蜜と花粉の摂食を介した曝露、3)葉からの溢液の摂食を介した曝露、の3つが考慮された。しかし、データが十分にないことから、多くの種類の作物について、ミツバチへの急性(死亡)リスクや、ほぼすべての作物について、慢性(死亡)リスクと亜致死リスクは評価できなかった。ただし、データのある一部の作物について、第一段階の極端に安全側の仮定を積み上げて計算されたハザード比(HQ)をもとに、ミツバチへの急性(死亡)リスクの懸念があるという結果が得られた。

 欧州委員会は、これを根拠として、さらなる制限を課さないならばミツバチに対する高いリスクが存在することを排除できないとし、上記3種類の農薬の使用を2年間禁止することを求めた。3月15日の最初の投票では、EU加盟国の27カ国中、賛成13、反対9、棄権5で、賛成が「特定多数」に達せずに可決されなかった。4月29日の投票でも賛成15、反対8、棄権4となり再び「特定多数」に達しなかったために決断は欧州委員会に委ねられ、5月24日、2013年12月1日から2年間、3種類の農薬を含む植物保護製品で処理された種子の使用と販売を禁止する規制(REGULATION (EU) No 485/2013)が採択された。投票に際しては、賛成派と反対派の双方から強力なロビー活動が行われたようである。

 他方、2006年にCCDの発生を世界で初めて報告した米国では、2007年以来、連邦政府にCCD運営委員会が設けられ、CCD活動計画及び最善管理措置(BMP)指針が作成された。しかし、状況が改善しないことから、多様なステークホルダーを集めた3日間の会議が2012年10月に開催され、そこでの議論がまとめられた報告書が2013年5月に公表された。しかし、欧州における盛り上がりと対照的に、ネオニコチノイド系農薬の扱いは小さく、ミツバチの減少自体は非常に重要な政策課題であると認識されているものの、CCDの原因は複雑であり、寄生虫、疾患、遺伝的要因、栄養不良、農薬暴露を含む複数の要因が関与しているというのが参加者のコンセンサスであったようだ。

 米国と欧州における対応の差の原因は何だろうか。Alemanno (2013)は、行政システムの違いとリスク評価枠組みの違いを挙げた。行政システムの違いとして、フランスやドイツなどの数か国が規制を先行したことによる「カリフォルニア効果」の可能性を示唆した。リスク評価枠組みの違いとしては、EFSAが3種類のネオニコチノイド系農薬という「物質」に焦点を当てた(他の要因はスコープ外であった)のに対して、米国のCCD運営委員会はCCDという「問題」に焦点を当てた。これはリスク評価プロセスにおける「問題の定式化」の部分の作業である。理想的には、包括的な評価が可能となる米国方式が望ましいが、実際、上記報告書では要因ごとの個別の議論に終始しており、包括的なリスク評価には程遠いことが分かる。「物質」に焦点を当てた方が評価は迅速に進むが、全体の視点を欠けたものになりやすい。「問題」に焦点を当てた場合は、関係者が多くなりすぎ、議論の進展が遅れがちである。

 欧州の新しい規制を受けて、多くの専門家は、リスクトレードオフ発生の可能性に警鐘を鳴らしている。英国のサイエンス・メディア・センターは、科学に関する重要な文献が発表されたり、法規制に関する動きがあったりするたびに、専門家から素早くコメントを入手し、ウェブサイトに公開している。4月29日の投票後には、種子処理に利用されるネオニコチノイド系農薬から、空中散布する伝統的な農薬に代替されるとかえって、リスク(生態およびヒト健康)が高くなる可能性があることや、農薬以外にもミツバチのコロニーに影響を与えうる要因は多数あるのでそれらも含めて検討すべきであることなども指摘されている。今後の科学と社会の双方の動きに注目したい。