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リスクトレードオフ評価・管理手法の研究

グループ 物質循環・排出解析グループ
プロジェクトリーダー 恒見 清孝

1.研究の背景

化学物質の便益を最大限に活用するためには、化学物質の使用に伴うリスクについても最適に管理する必要があります。物質の代替は、リスクの最小化に向けた最適な管理の一つですが、代替物質の使用により、当初のリスクに替わり別のリスクが発生しリスク削減効果が相殺されてしまうことや、総合的にみると結果的にリスクが増大してしまうことは避けなければなりません。

産総研では、リスクが懸念される物質の代替化が同一用途の物質群で検討されることに着目し、リスクを科学的・定量的に比較でき、費用対効果等の社会経済分析をも行える「リスクトレードオフ解析手法」を開発する研究を行っております。

また、地震などの災害、我々の身の回りの消費者製品、エネルギーなど、化学物質以外の多様なリスクの評価にも取り組みはじめています。

p1図1.化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析手法の開発の全体像

2.研究の概要

(1)暴露解析モデル・ツール

化学物質によるリスクを評価し,管理するためには,その環境中の濃度と環境経由の暴露を適切に把握し,化学物質と暴露を関係付けることが必要です。

リスクトレードオフ評価を実施する際に必要な暴露情報(暴露濃度、摂取量)を補完することを目的として、室内暴露評価ツール(iAIR)、環境動態モデル(大気:ADMER-PRO、河川:SHANEL、海域生物蓄積:CBAM)、環境媒体間移行暴露モデル(SIET、MeTra)、及び工業用洗浄剤排出量推計ツール(EMEST-IC)を汎用パソコンで動作するソフトウェアとして開発しました。

開発したこれらのモデルは安全科学研究部門のWEBサイトで公開し、配布しています。また、これらのモデルはOECDの曝露評価モデルデータベースに登録されており、解析結果については、国や地方自治体での大気環境行政、業界でのリスク管理などの様々な場面で既に活用されています。

p2図2.産総研が開発してきた暴露評価モデル

(2)ヒト健康リスクおよび生態リスク評価手法

従来の化学物質のヒト健康リスクと生態リスクの評価は、化学物質ごとに有害性の大きさと暴露レベルを比較して、リスクのあるなしを判断することを基本としており、化学物質間のリスクを比較できないという問題点がありました。そのため、被代替物質と代替物質間のリスクのトレードオフを解析するためには、有害性の種類が異なる化学物質のリスク比較を可能にする枠組みとそれを支援する手法が必要となります。そこで、本課題では、物質代替前後のヒト健康リスクまたは生態リスクを定量的に比較可能とするための枠組みの構築と評価手法の開発を行っています。

ヒト健康リスクでは、リスク比較をするために医療分野で用いられている健康指標を採用しています。しかし、一般的に健康指標はヒト疫学情報からのみ計算可能なものであるため、計算できる物質が限られてしまいます。そこで、ヒト疫学情報がない物質についても、既存の有害性情報と数理統計学の手法と理論により、ヒト健康影響を推定する手法の開発に取り組んでいます。

生態リスクでは、室内毒性試験より得られる一部の生物種での影響を生態系全体への影響へと外挿する手法や、生物集団の絶滅確率等を推定する手法を用いたリスク評価手法の開発に取り組んでいます。また、地域により異なる水質や環境特性を考慮した影響評価手法の開発も行っています。

これまでの成果は、ガイダンス文書として公開しています。(リンク)生態リスク評価については、非専門家の方でも評価できるためのソフトウェアの開発を進めています。

p3図3.ヒト健康リスクおよび生態リスク評価手法の概略

(3)マテリアルフロー解析手法

われわれの日常のローカルな場面で遭遇する化学物質のリスクを評価し、管理するには、そのリスクの源である工場などの直接的な排出先だけでなく、それらの経済活動を支えるマテリアルフローを理解することが必要です。

物質や製品の輸出入を大前提とする現代社会では、ローカルに発生するヒト健康リスクや生態リスクがグローバルな経済活動に起因することが多くなります.日本のように、鉱石または再生品として廃棄物を輸入または輸出している国では、国内で発生するリスクは小さくても、貿易を通じて海外の採掘またはリサイクルの現場で発生するリスクは大きい可能性があります。また、欧州や国連などの国際社会では、水銀、鉛,カドミウムなどの有害性の高い金属に対して、ローカルでのヒト健康影響が懸念されることから、その使用自体を禁止する規制を進めています。このような有害性の有無だけで行われる規制の背景の一つには、グローバル化するモノの流れを反映できない従来のリスク評価・管理の限界があります。

以上より、現在求められるリスク評価・管理手法とは、金属を対象にして、そのグローバルなマテリアルフローとローカルなリスクを結びつける新しい取り組みです。そこで産総研では、鉛を例に解析することを通じて評価手法することで、各国における効果的なリスク管理策とその国間連携などの国際的な金属のリスク管理を支援します。

p4図4.グローバルなサプライチェーンを考慮した金属のリスク評価手法

(4)多様なリスクの解析・統合化手法

東日本大震災によってその直接的な被害だけではなく、経済・産業にまで多大な影響を被った現在、低頻度で大規模なリスク事象について、発生確率および被害の両面からリスク評価を行うことは産総研が取り組むべき緊急の課題です。

地震の災害予測にポテンシャルを有する活断層・地震研究センターと、リスク評価・管理にポテンシャルを持つ安全科学研究部門とで分野融合課題を現在推進しています。本部門重点プロジェクトでは、地震に伴うプラントからの化学物質漏洩と建物損壊に伴うリスク評価を行っています。

前者では、化学物質を取り扱う事業所が多数立地する太平洋ベルト地帯において、これらの事業所のプラント施設が地震・津波等により破損し有害化学物質が漏洩した場合に、有害化学物質が拡散する範囲および、それらがヒト健康に影響を与える範囲(避難範囲)を推定するシステムを構築しています。このシステムにより災害に起因する二次災害としての化学物質漏洩のリスクに対する対応策を講じるための情報を提供できると考えています。

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図5.事故による急性影響評価の流れ

後者では、巨大地震の低頻度の発生確率と大規模な被害の双方を考慮して、建物損壊リスク、死亡リスクの評価方法について現在検討を行っています。巨大地震による最近の衝撃的な被害想定結果にもとづいて市民が理解して行動することは相当に難しいと思われます。国や自治体で公表している被害想定は地震の発生確率を考慮していませんので、冷静な議論を行うためにも「リスクの視点」にもとづく評価が重要と考えて解析を進めています。

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図6.低頻度大規模災害のリスク評価の枠組み(破線は本課題の対象部分)

3.研究が目指すもの

本部門重点プロジェクトの研究成果である評価書、解析ツールや手法ガイダンスを国際機関や社会に公開することで、行政や業界・企業のリスク管理に貢献します。

また、化学物質の暴露解析、有害性評価、リスク評価のさらなる発展に努めるとともに、多様なリスクの解析・統合化手法の開発を進めます。そして、複数のリスクが複雑に絡み合う事象においても、リスク管理対策の最適解を社会に提供していく所存です。

 

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