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排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立

はじめに

化学物質への暴露は一般に,環境動態モデル等により推定された環境媒体中濃度を基に,評価されます。このモデルによる推定には環境排出量の情報が必須となります。しかし,環境への排出量が把握されている化学物質は非常に限られており,PRTR対象物質以外については,暴露評価に際して環境排出量を推定しなければなりません。

そこで,本研究開発課題では,4つの代表的な用途群(工業用洗浄剤,プラスチック添加剤,溶剤・溶媒,金属類)の化学物質を対象とした環境排出量推算式を導出するとともに,ESDを作成しました。

1)工業用洗浄剤

本ESDでは,工業用洗浄剤として用いられる物質が別の物質に代替される際に,十分な実測データがない条件においても環境排出量を推定する手法と各種パラメータデータを提供することを目的としています。

そのため,開発する排出量推定手法は,現実に起こっている洗浄剤代替における,洗浄装置や運転状況の変化にも対応可能なものを目指しました。

対象とした業種は,鉄鋼業,非鉄金属製造業,金属製品製造業,一般機械器具製造業,電気機械器具製造業,輸送用機械器具製造業,精密機械器具製造業の7業種で,用途は金属部品等の洗浄です。対象とした洗浄剤種類は,塩素系,ハロゲン系(臭素系,フッ素系を含む),炭化水素系,水系,準水系の5種類です。

塩素系・ハロゲン系洗浄剤に対して想定した工程フローを図1に示します。


図1 塩素系・ハロゲン系洗浄剤を用いた場合の想定工程フロー

炭化水素系洗浄剤(開放型装置)に対して想定した工程フローを図2に示します。


図2 炭化水素系洗浄剤(開放型)を用いた場合の想定工程フロー

炭化水素系洗浄剤(密閉型装置)に対して想定した工程フローを図3に示します。


図3 炭化水素系洗浄剤(密閉型)を用いた場合の想定工程フロー

水系洗浄剤に対して想定した工程フローを図4に示します。


図4 水系洗浄剤を用いた場合の想定工程フロー

準水系洗浄剤に対して想定した工程フローを図5に示します。


図5 準水系洗浄剤を用いた場合の想定工程フロー

塩素系,炭化水素系,ハロゲン系,水系,準水系の5種類の洗浄剤について,上記の工程フローを対象に洗浄物,洗浄剤沸点,冷却温度等の洗浄特性パラメータに基づいて洗浄剤使用量と排出量を推定する推計ツールを構築し,検証しました。さらに,現場調査を行い,洗浄特性パラメータの信頼性を高めました。これらの結果を取りまとめて,ESD(日本語,英語版)を作成しました。さらに,産総研内部でのレビューおよび関連業界(日本産業洗浄協議会)でのレビューを経て,ESD(日本語版,英語版)を公開しました。

また,2009年度は,ESDの開発について第1回OECD暴露評価タスクフォース会合で説明し,2010年度は,ESD開発の進捗状況について第2回OECD暴露評価タスクフォース会合で説明しました。現在は,2011年度に提出したドラフト版の改訂作業を行っています。

工業用洗浄剤のESDは当安全科学研究部門のホームページ(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/assessment.html)上で公開しており,ダウンロードが可能です。

2)プラスチック添加剤

OECDのESD「3プラスチック添加剤」は,プラスチック添加剤の加工,消費,廃棄の各段階の排出係数を詳細に設定しており,プラスチック添加剤のリスク評価に有用ですが,最終製品消費段階に対しては全使用期間,一定の排出係数が設定されており,物質代替に伴うリスクトレードオフ評価には利用できません。また,可塑剤に対して,蒸気圧に基づく排出係数推定式がOECDの改訂版で示されていますが,プラスチック添加剤は一般的に蒸気圧が極めて低く,その値に不確実性が大きいため,推定式を実測値で検証する必要がありますが,プラスチック添加剤のような準揮発性有機化学物質(SVOC)は,排出速度がきわめて緩やかで,吸着等の現象が起こりやすいため,揮発性有機化学物質(VOC)用の一般的な測定法では排出速度測定は困難であり,推定式の検証も行われていません。

そのため,最終製品消費段階でのプラスチック添加剤の排出量推定式を導出し,可塑剤と難燃剤の最終製品消費段階からの放散量試験を実施して,排出量推定式を検証することを,本課題の目標としました。

最終製品消費段階からのプラスチック添加剤の排出係数を推定する方法を検討するために,まず,2008年にJIS化されたJIS A 1904「マイクロチャンバー法」を使用して,可塑剤と難燃剤の放散量試験を実施しました。

放散量試験結果等を基に,蒸気圧,活性化エネルギー,そして,加熱減量データによる排出係数の推定式を検討しました。図6に検討結果の一例として,活性化エネルギーによる排出係数の推定値と実測値の比較を示します。


図6 活性化エネルギーによる排出係数の推定値と実測値の比較
(対象物質:DEHP,DINP,DIDP,TCP)

そして,上記の検討結果に基づいて,プラスチック添加剤の排出係数の設定法を以下のように提案しました。優先順位は,@が最上位で,AとBは同等です。これにより,各種のプラスチック添加剤について放散速度あるいは排出係数を設定することが可能になりました。

@JIS A 1904(マイクロチャンバー法)による放散速度を実測して,その結果から排出係数を求める

A高温時における樹脂中のプラスチック添加剤の加熱減量データを入手して,活性化エネルギーを用いて排出係数を求める。難燃剤ではTGA曲線データを利用することも可能である

B上記のデータがない場合は,放散速度データの存在する物質を基準として,物性(特に分子量と蒸気圧)に応じて放散速度を求める


以上のことを取りまとめ,最終製品消費段階におけるプラスチック添加剤のESD(日本語版,英語版)を作成しました。

また,2009年度は,ESDの開発について第1回OECD暴露評価タスクフォース会合でスコーピングペーパーを提出し,2010年度は,ESD開発の進捗状況について第2回OECD暴露評価タスクフォース会合で説明しました。

プラスチック添加剤のESDは当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

3)溶剤・溶媒

本ESDでは,工業塗装分野における塗料の使用段階(塗装工程)でのVOCの大気排出量推定手法を構築しました。塗装工程において,低VOC塗料への代替,塗着効率向上等の対策が採られた場合,VOCの排出量とともに塗料に含まれて使用されるVOCの使用量も減少するため,排出抑制対策によるVOC使用量の変化も推定する必要があります。しかし,既存の塗装段階からの排出量推定手法であるPRTR排出量算出手法やOECDの排出シナリオ文書("Coating Industry”)では,塗料に含まれて使用されるVOCの使用量を推定対象としていません。

そのため,排出抑制対策によるVOCの使用量削減による効果も推定することが可能な推計手法を構築することを,本課題の目標としました。

溶剤系塗料と水系塗料に対して構築したVOC排出量の推定式はそれぞれ,式(1),式(2)となります。表1に排出量推定式に用いる塗装工程パラメータを示します。

<溶剤系塗料>

<水系塗料>

表1 VOC排出量推定式に用いる塗装工程の入出力パラメータ

表1に示す推定式で用いる塗装工程に対する入力パラメータの代表値については,既報の文献等から抽出し,以下の15種類の業種分野(被塗装物),塗料種類および塗装方法の組み合わせに対して,表3のように決定しました。

表2 パラメータ代表値を決定した業種分野,塗料種類,塗装方法

表3 業種分野,塗料種類,塗装方法ごとの代表値

塗装事例でのVOC排出量実績値と上記の表の塗装工程パラメータで推定した値の比較を図7に示します。推定値は実測値の1/10〜10倍の範囲におおむね入っており,推定式の妥当性が確認されました。


図7 VOC排出量の実績値と推定値の比較による検証結果

以上の結果を取りまとめて,工業用塗料溶剤のESD(日本語,英語)を作成しました。また,OECD暴露評価タスクフォース会合にESDを提出しました。

溶剤・溶媒のESDは当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

4)金属類

金属に係るESDは,金属製錬や電力エネルギー生産等を対象に排出係数が設定されていますが,基本的にはモニタリングデータを基礎にしており,理論的裏付けはなく,金属の物性を考慮するESDではないため,廃棄段階以降について参考になるESDがありません。金属類の物質代替に伴うリスクトレードオフを評価する際に,廃棄段階以降の排出量は推定できないため,新たな推定法が必要となります。

そのため,金属製錬と廃棄処理段階での排出に焦点をあて,金属の物性や製錬所の操業条件,廃棄処理施設の操業条件等に基づく,金属製錬時と廃棄物処理時の排出係数を導出することを,本課題の目標としました。

金属製錬については,精鉱の金属含有率調査結果を基に,製錬所における排出係数を計算しました。図8〜10に日本国内に立地する銅,鉛,亜鉛の各製錬所の平均排出係数を示します。さらに,金属製錬時の16種類の元素(Ag,As,B,Ba,Be,Cd,Co,Cr,Cu,Hg,Mn,Ni,Pb,Sn,V,Zn)の蒸気圧と排出係数の関係式を導出し,各元素の排出係数を鉛製錬,銅製錬および亜鉛製錬ごとに設定しました。


図8 銅製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)


図9 鉛製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)


図10 亜鉛製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)

廃棄処理段階については,一般焼却場での揮散率と集塵効率の調査結果を基に,金属の蒸気圧と一般焼却場における各金属の揮散率との関係式を導出し,その相関式を用いて各金属の蒸気圧から廃棄物焼却時の揮散率を計算しました。これにより,銀等データのない金属についても揮散率を推定することを可能にしました。

さらに,廃棄物焼却段階における金属元素の排出係数を,以下の式で推定しました。

大気排出係数=揮散率×(1−集塵効率)

上記の式で計算した各金属の排出係数を表4に示します。

表4 廃棄物焼却段階における金属元素の排出係数設定

※電気集塵機で集塵効率90〜99%,バクフィルターで99〜99.9%を適用する

以上の結果を取りまとめて,工業用塗料溶剤のESD(日本語,英語)を作成しました。また,OECD暴露評価タスクフォース会合にESDを提出しました。

金属類のESDは当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。