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地域スケールに応じた環境動態モデルの開発

はじめに

化学物質によるリスクを評価し,管理するためには,その環境中の濃度と環境経由の暴露を適切に把握し,化学物質と暴露を関係付けることが必要です。

そこで,本研究開発課題では,大気,河川および海洋生物蓄積の3つのモデルを開発することを目標としました。

大気モデルについては,揮発性有機化学物質の大気中の反応と沈着過程をモデル化し,三次元オイラー型の気象・拡散モデルに組み込むことにより,揮発性有機化合物の二次生成物質(オゾン等)の大気環境中濃度を5 kmグリッドで推定できるモデルを開発しました。

河川モデルについては,AIST-SHANELのソースコードを活用して,解析可能な河川の拡大を行い,日本全国の一級水系での金属を含む化学物質の濃度を1kmグリッドで推定可能なプログラムを開発しました。

海域モデルについては,海洋生物への生物蓄積過程と成長過程をモデル化し,AIST-RAMのソースコードを活用して,金属を含む化学物質の沿岸海洋生物への生物蓄積が解析可能なモデルを開発しました。

1) 大気モデル(ADMER-PRO)の開発

大気モデルについては,既にAIST-ADMERが広く使用されています。しかし,リスクトレードオフを解析する工業用洗浄剤および溶剤・溶媒用途の化学物質として,大気中半減期が比較的短く,光化学反応生成物としてヒト健康影響も懸念されるオゾン(光化学オキシダント)やアルテヒド類を生じる炭化水素類も対象とするため,これらの二次生成物質濃度が推定できる大気モデルの開発が必要となります。二次生成物質の濃度推定自体が可能なモデルは米国環境保護庁のCMAQをはじめ現時点でもいくつか公開されたものがありますが,それらは特別な計算機やコンピュータの専門知識を必要とし,リスク評価や管理の場面で使用されたことはほとんどありません。

開発した大気モデル(ADMER-PRO)は,計算負荷低減のための気象パターン類型化手法や操作性の高いGUIインターフェースを導入し,市販のWindowsパソコンで容易に動作するようになっています。また,一般に推計が困難であるVOC等種々の原因物質の排出量をモデルに内蔵しており,ユーザーは各排出カテゴリー(各種産業,移動発生源,家庭等)の排出量に削減(増減)率を設定すれば,原因物質に加え二次生成物質も考慮した排出削減対策の効果が推定できます。

【ADMER-PRO計算エンジンの開発】

揮発性有機化学物質(主にオゾンとアルデヒド類)の光分解,二次生成および乾性沈着過程をモデル化し,気象・拡散モデルに組み込むことでモデルの骨格(3次元オイラー型化学輸送モデル)を開発するとともに,リスク評価に必要な長期間(年間等)の平均濃度を計算する際の計算時間を短縮するため気象パターン類型化手法を導入して,ADMER-PROの計算エンジンを完成しました (図1)。


図1 ADMER-PROの計算エンジン

気象・拡散モデルは,米国コロラド大学の地域気象モデルシステム(RAMS)を基本に,ヒートアイランド現象が特に顕著な日本の都市域にも適用できるよう独自に人工排熱過程を組み込む改変を行いました。

反応モデルは,米国環境保護庁の光化学反応スキーム(CB_99)を改変してADMER-PROで使用しています。

乾性沈着モデルは,Zhangら(2003)のモデルを採用し,乾性沈着速度の気象要素,地表面被覆への依存性を考慮しています。

気象パターン類型化は,日々の気象を,総観規模の気圧配置,日射量に応じて,特定のパターンにグループ化し,各気象パターンの代表日のみ計算を行う手法であり,吉門ら(2006)に準じました。

【ADMER-PRO計算エンジンの検証】

関東地方(1都6県)と近畿地方(2府4県)を対象に2005年のVOCとNOx の排出量と同年の気象データを用いてシミュレーションを行い,同年の現況濃度分布を5kmグリッドで推定し,実測値と比較しました。

その結果,二酸化窒素とオゾンについては両地方についても良好な現況再現性が得られました。また,1次排出物質の1,3−ブタジエン,トリクロロエチレン,ジクロロメタンでは,測定局によってはファクター2の範囲を逸脱して過小評価されているところがありましたが,二次生成の寄与が高いホルムアルデヒドでは,ほとんどの測定局でファクター2の範囲内で再現されました。なお,1,3−ブタジエン,トリクロロエチレンおよびジクロロメタンの濃度の過小評価の原因としては,測定局の濃度が,近傍(5 km以内)の発生源の影響を受けて当該メッシュ内の平均濃度より局所的に高くなっている可能性が考えられます。

ADMER-PROは当安全科学研究部門のホームページ(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)上で公開しており,入手が可能です。

2) 河川モデル(AIST-SHANEL)の開発

安全科学研究部門では,河川流域における化学物質のリスク評価のための時空間的に詳細な暴露解析を可能としたモデル(産総研−水系暴露解析モデル,AIST-SHANEL)Ver.1.0を開発・公開してきました。このモデルは,河川での動態メカニズムを考慮し,気象データ,化学物質の排出量,蒸気圧や半減期等の基本的な物性を入力することにより,1kmメッシュ単位の月ごとの河川流量,化学物質の河川水中濃度および河川底泥濃度を推定できますが,適用可能な河川は全国一級水系の中の13水系のみでした。

【AIST-SHANEL Ver.2.0の開発】

平成19年度から,AIST-SHANEL ver.1.0の対象水系の拡張を行い,図2に示す全国109の一級水系へと拡張するとともに,排出量推定の精度の向上を図りました。あわせて,全水系の流域情報の3次メッシュデータおよび下水処理場や市町村データをモデルに内蔵し,平成22年10月にAIST-SHANEL Ver.2.0として公開しました。


図2 AIST-SHANEL Ver.2.0の対象水系

【AIST-SHANEL Ver.2.5の開発】

さらに,AIST-SHANEL Ver.2.0を,図3の環境動態メカニズムに基づいて金属類にも適用を可能とするために,金属のバックグラウンド濃度の入力と溶存態および懸濁態濃度の計算部分を追加して,AIST-SHANEL Ver.2.5として公開しました。


図3 AIST-SHANELの濃度解析における動態メカニズム

【AIST-SHANELの検証】

AIST-SHANEL Ver.2.5を用いて,利根川,荒川,多摩川,淀川水系における河川水中LAS年平均濃度の再現性を評価しました結果,計算値と実測値の比はファクター2以内に収まっていることを確認しました。

金属(鉛と銅)については関東地方の一級水系(全7水系)でおおむね±1桁の精度であることを確認しました。

AIST-SHANEL Ver.2.5は当安全科学研究部門のホームページ(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)上で公開しており,入手が可能です。

3) 海域生物蓄積モデル(CBAM)の開発

安全科学研究部門では,沿岸海域における化学物質の海水中濃度および底泥中濃度を推定し,生物へのリスク評価を行うモデルとしてRAM(東京湾,伊勢湾,瀬戸内海)を公開しています。海域生物蓄積モデル(CBAM)は,ソースコードを活用して生物蓄積過程を組み込み,海域での食物連鎖を考慮し生物(魚類)に蓄積される化学物質濃度を推定できるモデルです。

【モデルの概要】

化学物質生物蓄積モデルは,図4に示すように食物連鎖(植物プランクトン―動物プランクトン―小魚―最高位生物)を考慮して,RAMの生態系モデルと化学物質運命予測モデルによる推定結果を基に,推定された濃度に,各生物が一定期間暴露された場合の生物体内の有害化学物質濃度を推定します。


図4 化学物質生物蓄積モデル

有機化学物質を対象とした生物体内濃度の推定が可能なCBAM Ver.1.0をベースに,海域生物体内の金属濃度も推定可能なように,プログラムの改良とユーザーインターフェイスの開発を行い,Windows PC上で稼働するCBAM Ver.2.0を開発しました。

【モデルの検証】

このCBAMの推定精度については,東京湾のマアナゴとシロギス中の有機化学物質と金属の測定結果との比較により,おおむね±30%以内の推定精度であることを確認しました(図5)。


図5 計算パラメータを変化させた場合のシロギス内の鉛濃度の時系列変化(海底直上層)

CBAM Ver.2.0は当安全科学研究部門のホームページ(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)上で公開しており,入手が可能です。