産業技術総合研究所(AIST)  >  研究部門  >  安全科学研究部門(RISS)  >  外部予算PJ  >  リスクトレードオフ解析手法開発
日本語 | English

研究開発項目:4つの用途群の「用途群別リスクトレードオフ評価書」の作成

はじめに

本研究開発項目では,「工業洗浄剤」,「プラスチック添加剤」,「溶剤・溶媒」,「金属類」の各用途群での物質代替を対象として,環境排出量推計,環境動態モデルと環境媒体間移行暴露モデルによる暴露評価,有害影響の推定,リスク比較および社会経済分析を実施し,各結果を取りまとめ,リスクトレードオフ評価書を作成しました。

このリスクトレードオフ評価書は,事業者や事業者団体が化学物質を代替する場合に,その対策の正当性を説明するための方法をひと通り提示することを目的とし,そのためのケーススタディとして,物質代替が広範に行われている上記の4用途群を取り上げました。

また,リスクトレードオフ解析における費用推計を含めた経済分析の指針「リスクトレードオフ解析のための経済分析指針」,室内暴露評価に関する「技術ガイダンス」および物質代替に伴う化学物質のリスクトレードオフ解析の際に考慮すべき事項を解説した「リスクトレードオフ解析指針」を作成しました。

1)工業用洗浄剤リスクトレードオフ評価書

◇評価対象シナリオ

塩素系洗浄剤の排出削減対策としては事例数,排出削減量ともに「洗浄剤・溶剤の代替」が最多であり,次いで「工程改良(回収率向上等)」であった。代替後の洗浄剤としては炭化水素系と水系への事例が多く,次いで準水系への代替が多かった。そこで,本評価書での解析対象シナリオとしては塩素系から炭化水素系,塩素系から水系への洗浄剤代替,それらとの比較対象として,洗浄剤代替を伴わないエンドオブパイプ対策を取り上げました。

被代替物質としては,塩素系洗浄剤の使用量の大半を占めるトリクロロエチレンとジクロロメタンを評価対象物質として選択し,代替物質としては,炭化水素系洗浄剤に対してはn-デカンを,水系洗浄剤に対しては,アルコールエトキシレート(AE)を評価対象物質として選択しました(表1)。

被代替物質のトリクロロエチレンとジクロロメタンについては,すでに詳細リスク評価が行われ,ヒト健康リスクは懸念されるレベルにはないと評価されています。このため,本評価書で扱う物質代替は,リスクが懸念するレベルにない2つの塩素系洗浄剤を他の物質に代替するというシナリオとなります。

表1 洗浄剤代替シナリオ

◇環境排出量の変化

「排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立」で構築した洗浄剤の排出量推定式を用いて,洗浄剤代替による各洗浄剤成分の排出量の変化分を推計しました。推定に必要な洗浄工程特性パラメータの値は既存の洗浄事例データを用いて決定し,回収装置を導入した場合(シナリオ⑤,⑥)には,洗浄剤の排出量が65%減少すると仮定しました。

◇大気中濃度分布の推定

表1のシナリオ①~シナリオ④の4つのシナリオにおける大気中の被代替物質と代替物質,2次生成物質の大気中濃度の変化を関東地方を対象に,開発した大気モデル(ADMER-PRO)を用いて推定しました。図1に,シナリオ①における被代替物質,代替物質,オゾンの年間平均濃度のベースシナリオからの変化量とそれに対応する人口の分布を示します。


図1 シナリオ①におけるベースラインシナリオからの濃度変化量と人口分布

図1では,代替に伴い被代替物質とともにオゾンの濃度も減少していますが,ジクロロメタンからn-デカンへの代替では,オゾン濃度は増加していることがわかりました。

◇河川水中濃度分布の推定

表1のシナリオ③とシナリオ④の2つのシナリオにおける河川水中のAE濃度の変化を,開発した河川モデル(AIST-SHANEL)を用いて,関東地方を対象に推定しました。

表2にシナリオ③における河川中AE平均濃度(幾何平均)のベースラインシナリオに対する変化率を示します。濃度変化率は,多摩川において4.6%,次いで相模川において3.0%と高く,他の河川は1%未満でした。

表2 シナリオ③におけるAEの幾何平均濃度(μg/L)と濃度変化率

◇ヒト健康リスクの変化

大気経由の吸入暴露を想定して,ヒト健康影響に係る各物質の有害性プロファイルをまとめました。n-デカンについては,屋外での吸入暴露によるヒト健康リスクとその増分は無視できると判断しました。

推定した被代替物質,代替物質および2次生成物の大気中濃度分布から,代替に伴うヒト健康リスクの変化を発がん件数の増減とオゾンによる死亡者数の増減として推定しました。推定の結果,シナリオ②ジクロロメタンからn-デカンへ代替では,オゾンによる死亡者数が増加し,リスクトレードオフが起きている可能性があることが分かりました。

さらに,開発した有害性推論アルゴリズムを用いて,トリクロロエチレンまたはジクロロメタンからn-デカンへの代替に伴う肝臓および腎臓への影響の質調整生存年数(QALY)の変化を算出しました。その結果,シナリオ①および②におけるトリクロロエチレンとジクロロメタンの大気中濃度変化に対して算出されたQALYの変化は,きわめて小さい(一人当たり生涯での値として0.001年未満)ことが示されました。

◇生態リスクの変化

代替前後のAEの生態リスクの変化量(ΔRisk)を,代替前のAEの河川水中濃度の分布(E(c)),代替後のAEの河川水中濃度の分布(E'(c)),AEの種の感受性分布(SSD(c))を用いて,次式で推定しました。

その結果,表1の2つの代替シナリオ(③と④)における代替前後のAEリスクの増分は,いずれの河川も無視できるほど小さいことが示されました。

◇リスクトレードオフ解析

ヒト健康リスク評価で得られた発がん件数とオゾンによる死亡者数を共通尺度である損失余命に換算する必要がありますが,オゾン濃度増加による死亡に由来する損失余命には不確実性が大きいと考えられました。このため,暴露,有害性に関する主要なパラメータについてWeight of Evidenceを考慮して不確実性を判断し,不確実性が中程度以上と判断されるパラメータに適切な分布を与え,各シナリオにおける獲得余命を算出しました。

さらに,算出した獲得余命を用いて費用効果分析を実施しました。

◇評価書

この洗浄剤のリスクトレードオフ評価書の要旨は,当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

2)プラスチック添加剤リスクトレードオフ評価書

◇評価対象シナリオ

本評価書では,難燃剤が使用される主要な対象製品としてテレビ,パソコン等の家電,OA機器等の電気電子製品の筐体をリスクトレードオフ解析の対象として取り上げました。そして,臭素系難燃剤からリン系難燃剤への物質代替を扱うこととし,decaBDEと縮合リン酸エステル系のビスフェノールA-ビス(ジフェニルホスフェート)(BDP)を対象物質としました。また,decaBDEは繊維用途での使用量も大きいため,バックグラウンドとして繊維用途も扱いました。

解析では,decaBDEからBDPへの物質代替に伴うリスクトレードオフを評価するために,①decaBDE代替あり(ベースライン)シナリオ,②BDP代替あり(ベースライン)シナリオ,③decaBDE代替なしシナリオの3種類のシナリオを設定しました。リスクトレードオフ評価の際には,①と②の両物質の代替ありのベースラインシナリオと③のdecaBDE代替なしシナリオを比較することにより,代替によるリスクの増減を判断しました。

◇難燃剤のマテリアルフロー解析と環境中への排出量推定

decaBDEとBDPの国内需要量に基づくマテリアルフロー解析を実施して,テレビ,パソコンの筐体用樹脂や繊維等に含有される難燃剤の生産から廃棄までのマテリアルフローを推定しました。さらに,各ライフサイクル段階でのマテリアルフローにdecaBDEとBDPの排出係数を乗じて,排出量を推定しました。シナリオ別の排出量推定結果を図2に示します。


図2 シナリオ別の排出量推定結果
(上:大気排出量,下:水域排出量)

◇室内暴露濃度推定

開発中の室内暴露評価ツールiAIRを用いてdecaBDE,BDPおよびBDP夾雑物のトリフェニルホスフェート(TPP)の室内空気中濃度(ガス態濃度),室内ダスト中濃度を推定しました。

◇環境中濃度推定

環境中に排出された難燃剤はさまざまな環境媒体を経て,ヒトや環境中の生物に到達します。そこで,推定排出量に基づいて開発中のモデル等によりdecaBDEとBDPの大気,河川,海水中の濃度を推定しました。

◇ヒト摂取量推定

推定されたdecaBDEとBDPの大気中濃度分布と東京湾海水中濃度分布を基に,decaBDEからBDPへの物質代替に伴う食物(農・畜・水産物)経由の摂取量を上記の①~③のシナリオで推定しました。また,室内ダスト中濃度も考慮して,食物および室内ダスト経由の総摂取量もシナリオごとに推定しました。

農・畜産物経由の摂取量推定には,開発中の環境媒体間移行モデルを用いました。また,開発中の生物蓄積モデルで魚類体内中濃度を推定し,東京湾で漁獲される魚介類経由の摂取量を推定しました。図3にシナリオ別の食物および室内ダストからの経路別摂取割合を示します。


図3 京浜地区住民の食物および室内ダストからの経路別摂取割合
(左:シナリオ①,中央:シナリオ②,右:シナリオ③,上:男性平均,下:女性平均)

◇ヒト健康影響とリスクトレードオフ評価

推計されたdecaBDEとBDPの摂取量を基に,①~③の物質代替シナリオにおけるこれらの物質のヒト健康リスクを質調整生存年数(QALY)の尺度で推定しました。

その結果,物質の代替の有無によらず,QALY損失で表されるリスクの絶対値は極めて小さい(一人当たり生涯での値として0.01日未満)ことが示され,ヒト健康リスクの増減自体では,物質代替を根拠づけることはできないと考えられました。

◇生態影響とリスクトレードオフ評価

decaBDEとBDPに関する生態毒性情報はほとんどありませんので,種の感受性分布を推定する手法を用いて,影響を受ける種の割合を求め,リスクの変化を推定しました。

代替ありシナリオでは,BDPのリスクはdecaBDEよりもはるかに小さく,リスクの大部分はdecaBDEに起因します。代替がないと仮定した場合では,decaBDEのリスクは上昇すると予測されましたが,いずれも総量としては非常に小さいと推定されました。

◇難燃剤リスクトレードオフの経済分析

decaBDEからBDPへの代替費用を推定し,代替の単位効果削減費用を算出しました(表3)。その結果,decaBDEからBDPへの代替のQALY1年獲得費用は非常に大きく,費用対効果としては極めて悪いと判断されました。

表3 decaBDEからBDPへの代替における費用と効果の増分

◇評価書

このプラスチック添加剤のリスクトレードオフ評価書の要旨は,当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

3)溶剤・溶媒リスクトレードオフ評価書

◇評価対象シナリオ

溶剤・溶媒は,物質を溶解するために用いる液体物質の総称で,工業用としては,ほぼ「有機溶剤」を指し,トルエン,キシレン,アセトン,アルコール等の揮発性有機化合物(VOC)が該当します。VOCについては,排出削減と代替化が進んでおり,特に近年は,VOC規制(2000年~2010年の間に総VOCを3割削減)が,溶剤の削減・代替の動機付けになっていますが,VOC規制は,排出物質であるVOC自体の影響ではなく,VOCの二次生成によるオゾン等のリスクが規制の根拠となっています。近年のVOC排出量の変化の推移を用途別にみると,塗料,印刷インキ,接着剤等が大部分を占めているため,溶剤・溶媒リスクトレードオフ評価書の作成方針を以下のように設定しました。

・一般大気環境のリスク評価:ADMER-PROで算出したリスク削減効果の原単位を用い,VOCの二次生成によるオゾン等を主な対象として評価を行う。事例解析では,自動車の塗装工程を対象として日本全体のリスクの変化を評価する。

・室内環境のリスク評価:室内暴露評価モデル(iAIR)を用いて,塗料,印刷インキ,接着剤等の用途での物質代替による日本全体でのリスクの変化を評価する。

◇一般大気環境のリスク評価

○VOC削減による大気環境リスク削減原単位

リスク削減原単位は,単位VOC削減量あたりの化学物質によるリスクの削減効果を示す指標です。この指標をひとたび推定しておけば,VOC排出量を削減した場合に得られるリスク削減効果を,濃度分布計算を行うことなく推定でき,大変便利です。そこで,事業者らがリスク削減効果を推定する方法として,大気モデルADMER-PROの利用に加え,リスク削減原単位を用いて推定するという方法も提示しました。

対象物質は,オゾン,クロロエチレン,ジクロロメタン,トリクロロエチレン,ベンゼン,1,2-ジクロロエタン,アクリロニトリル,トルエン,キシレンの計9物質とし,対象とする有害影響は,オゾンに対しては早期死亡を,クロロエチレン,ジクロロメタン,トリクロロエチレン,ベンゼン,1,2-ジクロロエタンおよびアクリロニトリに対しては発がんを,トルエンとキシレンに対しては神経影響としました。

本評価では,以下の5つのリスク指標でのリスク削減原単位を計算しました。

・年間早期死亡発症数(オゾン)

・年間がん発症数(クロロエチレン,ジクロロメタン,トリクロロエチレン,ベンゼン,1,2-ジクロロエタン,アクリロニトリル)

・年間自覚症状(健康状態レベル5 )発症数(トルエン,キシレン)

・年間損失QALYs (Quality Adjusted Life Years)(全9物質)

・年間損失QALYsの金銭換算額(全9物質)

各リスク指標の原単位は,固定蒸発発生源の全業種と3つの個別業種(輸送用機械器具製造業,印刷・同関連業,建築工事業)に対して算出しました。

表4に各種リスク削減原単位の算出結果を示します。この表は,輸送用機械具製造業でのリスク削減原単位を示しているが,全業種を対象としたリスク削減原単位についても概要は同じであることを確認しています。

表4 各種リスク削減原単位の算出結果(輸送用機械器具製造業,全国)

○事例解析 -自動車製造業における塗装工程を例に-

VOCの固定発生源において排出量が最も大きい排出源である塗料をトレードオフ評価の解析対象としました。

VOCの排出量は2000年度から2008年度にかけておよそ半減していますが,溶剤系塗料から水系塗料への代替は出荷量比率で7%程度と小さく,VOC排出量の減少には,溶剤系塗料中の溶剤含有率の削減(希釈に用いる溶剤使用量減少分も含む)が大きく寄与していることが示唆されました。

そこで,解析対象のVOC排出削減対策として①塗料中溶剤含有率削減,②溶剤系塗料から水系塗料への代替(塗料代替),③塗着効率向上,④エンドオブパイプ対策を取り上げました。

各排出削減対策種別のVOC排出量推定値に対して,リスク削減原単位を乗じてリスク削減量(獲得QALY)を算出し,QALY1年獲得費用を推定しました。

対策別のQALYs1年獲得費用は高い方から,②塗料代替,④エンドオブパイプ対策,①塗料中溶剤含有率削減,③塗着効率向上の順であり,塗料代替(溶剤系から水系へ)は最も効率が悪い排出削減対策であることが示唆されました。また,③塗着効率向上と④エンドオブパイプ対策はリスク削減に対する効率は比較的良いものの,全体のVOC排出削減量やリスク削減量(獲得QALYs)に対する寄与は小さいことがわかりました。

◇室内環境のリスク評価

○対象用途群,対象製品および対象化学物質

対象用途群は室内VOC持ち込み量の多い,印刷インキ,塗料,接着剤とし,対象製品は印刷インキについては新聞,チラシ,雑誌,書籍,塗料については家庭用塗料,接着剤については家庭用接着剤としました。

上記の用途群と対象製品に使用される溶剤として,被代替物質のトルエン,キシレン,代替物質の酢酸エチル,イソプロパノール,塗料用石油系炭化水素,印刷インキ用高沸点溶剤の6物質を対象とし,既存の有害性評価の状況および基準値や参照値設定を調査し,本評価での参照値を設定しました。

○室内VOC濃度の推定

本プロジェクトで開発しました室内暴露評価ツール(iAIR)を用いて2000年,2005年および2008年の暴露濃度を求め,その差を代替による影響としました。また,評価地域は日本全国としました。

iAIRによって推定された各用途群を発生源とする暴露濃度を図4に示します。トルエン等の被代替物質の暴露濃度は評価年とともに減少していることが示唆され,一方で,代替物質の暴露濃度は多くで増加が認められました。しかし,これらの物質においても暴露濃度の97.5パーセンタイルから算出されたMOEが不確実係数積よりも大きく,リスクは懸念されないと考えられます。


図4 iAIRによって推定された暴露濃度の経年変化(左から印刷インキ,塗料,接着剤)

◇評価書

この溶剤・溶媒のリスクトレードオフ評価書の要旨は,当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

4)金属リスクトレードオフ評価書

◇評価対象シナリオ

本評価書の目的は,金属の様々な用途の中で,はんだに使用される合金成分の物質代替に伴うヒト健康リスクおよび生態リスクのトレードオフ評価を実施すること,および経済的考察を行って,トータルでのリスク削減の望ましい方策を示すことです。そのためには,特に代替物質に欠如している暴露,有害性情報をモデル推論で補完するとともに,被代替物質と代替物質のリスクを同一尺度で科学的・定量的に比較する必要があります。欧州RoHS指令によって鉛等の金属の代替が進んでいますが,被代替物質と代替物質との間でリスクトレードオフが発生していないかどうかを確認する必要があります。

そこで,電気電子製品等の基板に使用されるはんだ合金を対象に,鉛はんだと鉛フリーはんだとのリスクトレードオフ評価を実施しました。

◇排出量推定

推定対象金属は,はんだ製品に用いられるPb,Cu,Ag,Snとしました。2000年,2010年,2020年の各年において鉛はんだ(Sn-Pb系)の代替がない場合(代替なしシナリオ)と鉛フリーはんだ(Sn-Ag-Cu系)への代替が完了する場合(代替ありシナリオ)の2つのシナリオを設定し,各金属のはんだ用途のマテリアルフロー解析を行い,生産(金属製錬),加工(鉛はんだ製造とはんだ実装),最終製品使用,廃棄(リサイクル,焼却,埋立)の4ライフステージからの環境排出量を経年的に解析しました。

シナリオ別の各金属の排出量推定を図5に示します。


図5 シナリオ別金属別の環境中への排出量推定結果

◇暴露解析

対象金属の大気中濃度と全沈着量は,AIST-ADMERを用いて国内11地域(北海道,東北,北陸,関東,中部,東海,近畿,中国,四国,九州,沖縄)に対して推定しました。

対象金属の水中濃度は,水域への排出量推定結果とAIST-ADMERによる大気沈着量推定結果を基にAIST-SHANELを用いて,関東7水系(中川,江戸川,江戸川放水路,隅田川,荒川,多摩川,鶴見川)の河川に対して推定しました。さらに,大気沈着量推定結果と河川からの負荷量を基にAIST-RAMTBを用いて,東京湾海水に対して推定しました(図6)。


図6 海域における重金属環境濃度推定結果

全大気沈着量を基に,表層から20cmまでの深さの土壌中濃度増分を各金属について求めました。さらに,土壌中濃度増分に移行係数を乗じて,コメ,コメ以外の農作物,飼料,牛肉,牛乳等の食品中濃度はんだ寄与分を得ました。そして,各食品の生産量を加味して,コメ,コメ以外の農作物,飼料,牛肉,牛乳のヒト摂取量を推定しました。東京湾海水中濃度から求めた魚類中濃度を基に推定した魚介類経由のヒト摂取量と大気中濃度を基に推定した吸入による摂取量を合わせて対象金属の総摂取量を推定しました(図7)。はんだ寄与分,日常の摂取に対して1万分の1(鉛)~100万分の1(スズ,銀,銅)のレベルでした。


図7 経口暴露量の食品群別内訳(4つの金属の合計)

◇ヒト健康影響とトレードオフ評価

対象金属について疫学調査,中毒事例をまとめ,ラットとマウスでの反復投与試験のNOAELとLOAELを整理しました。疫学データがある鉛を除き,動物試験のデータに基づいて,推論アルゴリズムによる評価を行い,腎臓影響と肝臓影響の参照物質のヒトでの用量反応関係式と各エンドポイントの相対NOEL値(中央値)から,対象金属の用量反応関係を導出しました。これらを基に,はんだ代替の有無による損失QALYを経口経路と吸入経路に対して算出しました。

◇生態毒性とリスクトレードオフ評価

構築した対象金属の種の感受性分布を用いて,設定したシナリオにおける金属の生態リスクを影響を受ける種の割合で算出しました。

◇経済分析

鉛はんだから鉛フリーはんだに代替した場合の費用効果分析を,2020年の代替ありシナリオについて行いました。

費用については,はんだの価格上昇によるはんだ購入費の年当りの増分と,はんだ実装装置を操業温度の高い鉛フリーはんだ用に更新するための設備更新費用を推定しました。

効果については,はんだ代替によるリスク低減効果をQALYで計算しました。

QALY1年獲得費用は1.1×103億円/年と計算され,代替による費用対効果が極めて悪いという結果になりました。欧州RoHS指令のようなハザードベースの代替物選択による効果は若干のリスク低減のみで,国内全体としては費用損失が極めて大きい懸念があることを示しました。

◇評価書

この金属類のリスクトレードオフ評価書は,当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。

5)リスクトレードオフ解析のための経済分析指針

作成した費用推計を含めた経済分析の指針(「リスクトレードオフ解析のための経済分析指針」)の目次を以下に示します。

1.背景

1.1 自主的取組の進展

1.2 スコープの拡大

2.経済分析の目的

2.1 企業の経営管理ツール

2.2 社会とのコミュニケーションツール

2.3 経済分析のアウトカム

3.判断基準

3.1 リスクトレードオフ評価による判断

3.2 経済分析による判断

3.3 経済分析の内容

4.費用の計算

4.1 費用の分類

4.2 設備投資を伴わない物質代替のケース

4.3 設備投資を伴う物質代替のケース

5.効果の指標

6.期間と割引率

6.1 対象期間

6.2 割引率

7.まとめ

8.参考文献

第1章では,リスクトレードオフ評価とリスクトレードオフ解析の概念を定義しました。図8のとおり,代替前後のリスクの大きさを比較するものが「リスクトレードオフ評価」であり,削減リスクとそのための費用増分を比較するのが「経済分析」としました。これらを合わせた解析をリスクトレードオフ解析と呼びます。化学物質の代替による影響を,ヒト健康リスク,生態リスク,地球温暖化リスクおよび費用の4つの指標に集約しました。


図8 リスクトレードオフに関わる用語の整理

第2章では,経済分析の目的を,内部向け(企業の経営管理ツール)と外部向け(社会とのコミュニケーションツール)の2つとしました。前者は,経営層による意思決定における利用と,経営層への説明のための利用が想定され,後者は,各種ステークホルダー(投資家,債権者,消費者,取引先,地域社会,日本国民等)それぞれに対して,意思決定の根拠を説明するための資料となります。これらの利用で得られるアウトカムとして,前者については以下の3点があります。

・合理的な意思決定につながり,費用節減に貢献する

・社会に対する説明資料のためのたたき台となる

・最終的には,企業の利益や競争力にプラスとなる

また,後者についても以下の3点があります。

・自主的取り組みとして先手を打つことにより法規制導入の必要性をなくす

・説明責任を果たすことで社会からの信頼を得る

・具体的なデータを公表してあることで,根拠のない批判をあらかじめ回避できる

第3章では,意思決定のための判断基準について記述しました。リスクトレードオフ評価において確認すべきこととして次の2点を挙げました。

・物質代替によってトータルのリスクが削減されていること(=効果があること)

・一部の主体にリスクの負担が偏っていないこと(=不公平がないこと)

また経済分析の方法としては,費用効果分析,費用便益分析,多基準分析および経済影響分析の4つを挙げました。リスクトレードオフ評価と経済分析(特に費用効果分析)の関係は表5のようになります。

表5 リスクトレードオフ評価と経済分析(特に,費用効果分析)の関係

第4章では費用の計算について解説しました。最初に費用を,設備投資費用,維持管理費用,化学物質の購入費用に分類し,それぞれについて説明しました。次に,設備投資を伴わない単純な物質代替の場合の計算方法を記述し,続いて,設備投資を伴う場合の計算方法を説明しました。後者の場合の手法として,現在価値法と年価値法を挙げました。割引率を用いて,現在価値(あるいは1年価値)に換算します。

第5章では効果の指標について,以下の4つの指標に集約できることを説明しました。ここでQALYは質調整生存年数,DALYは障害調整生存年数を指しています。

・ヒト健康リスク(QALYかDALY)

・生態リスク(影響を受ける種の割合)

・地球温暖化リスク(CO2等量)

・費用の増減(¥)

第6章では期間と割引率について説明し,第7章でまとめを行いました。

本指針で述べた経済分析のフローは図9のようになります。生態リスクの変化が大きい場合は注意が必要です。


図9 本指針で述べた経済分析のフロー

この経済分析指針は,当安全科学研究部門のホームページ(http://staff.aist.go.jp/kishimoto-atsuo/economicanalysis.pdf)からダウンロードできます。

6)技術ガイダンス:直接暴露評価

作成した室内暴露評価に関する技術ガイダンスの目次を以下に示します。

第1章 室内暴露評価の概要

1.はじめに

2.室内暴露評価方法

3.室内暴露推定手法検討の歴史

4.数理モデルを用いた推定システム

5.代表的な室内暴露評価システム

6.数値流体力学(Computational Fluid Dynamics,CFD)による解析

第2章 数理モデルによる推定

1.はじめに

2.EUSESにおける室内暴露の推定

3.ConsExpoにおける室内暴露の推定

4.E-FASTにおける室内暴露の推定

5.ChemSTEERにおける室内暴露の推定

6.WPEMにおける室内暴露の推定

7.Risk Learningにおける室内暴露の推定

8.Risk Managerにおける室内暴露の推定

9.InPestにおける室内暴露の推定

10.REACHにおける暴露評価 2-43

11.TRAシステム 2-44

第3章 既報の暴露係数

1.はじめに

2.産総研 暴露係数ハンドブック

3.NHK国民生活時間調査

4.塩津らの調査

5.室内暴露にかかわる生活・行動パターン情報

6.米国EPA,Exposure Factors Handbook

付録 コントロールバンディング

1.はじめに

2.コントロールバンディングの技術的内容

3.コントロールバンディング法の展開

4.中災防(JISHA)方式

5.EMKG(Einfaches Maßnahmenkonzept Gefahrstoffe)

6.Stoffenmanager

参考文献

第1章では,室内暴露評価の方法,歴史,数理モデルを用いた推定システムの概要を説明するとともに,最近,室内暴露評価に適用されるようになってきた数値流体力学(Computational Fluid Dynamics,CFD)による解析について説明しました。

第2章では,数理モデルを組合せた室内暴露推定システムに関するいくつかのレビューで取り上げられている以下の10システムについて,採用あるいは勧奨されているモデル,システムの内容を解説しました。

・EUSES

・ConsExpo

・E-FAST

・ChemSTEER

・WPEM

・Risk Learning

・Risk Manager

・InPest

・REACHの暴露評価

・TRA

第3章では,生活時間(特に室内滞在時間)等の暴露係数について,既存の情報(産総研暴露係数ハンドブック,NHK国民生活時間調査,塩津らの調査,米国EPA,Exposure Factors Handbook)を示しました。

さらに,「付録 コントロールバンディング」では,作業場での化学物質によるリスクの簡易管理手法であるコントロールバンディングについて解説しました。この評価法は,図10に示すように,なるべく簡単な情報・データから化学物質を取り扱う作業場の有害・危険性,暴露の可能性,リスクのレベルをバンド幅に分けて,リスクレベルに対応する管理手法を具体的に提案します。


図10 コントロールバンディング

この経済分析指針は,当安全科学研究部門のホームページ(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/IEATG_download.html)からダウンロードできます。

7)技術ガイダンス:リスクトレードオフ解析

「化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析手法の開発」事業では,事業者や行政が同じ用途群の化学物質を代替する際に生じるリスクトレードオフ事象を解析できるように,ツール,モデル,手法を開発するとともに,リスクトレードオフ事象の事例解析結果をリスクトレードオフ評価書を公開しました。

しかし,事業者や行政自らが物質代替のリスクトレードオフを評価する場合には,開発したツール,モデル,手法のユーザーガイド/マニュアル,評価書に加えて,いくつか追加で理解しておくべき事項があります。本技術ガイダンスでは,これらの事項を解説することにより,暴露情報や有害性情報がない化学物質についてのリスクトレードオフ解析がよりスムーズに実施できることをめざしました。

作成したリスクトレードオフ解析に関する技術ガイダンスの目次を以下に示します。

第1章 技術ガイダンスの概要

第2章 物理化学的性状の推算法

1.はじめに

2.Estimation Program Interface (EPI) Suite

3.感度解析

第3章 既報の排出シナリオ文書

1.はじめに

2.利用可能な排出シナリオ文章

3.利用時の注意

第4章 推計環境排出量のメッシュへの配分

1.はじめに

2.緯度経度データに基づく事業所等からの環境排出量の配分

3.業種別製品出荷額に基づく事業所からの環境排出量の配分

4.業種別事業所数に基づく事業所からの環境排出量の配分

5.特定の業種の事業所からの環境排出量の配分

6.家庭内で使用中の製品からの環境排出量の配分

7.廃棄物処分施設からの環境排出量の配分

8.移動体からの環境排出量の配分

9.PRTRマップにおける環境排出量の配分

第5章 Read across法

1.はじめに

2.Toxmatch

3.適用事例

4.デカンの有害性評価

第6章 代替物評価

1.はじめに

2.Lowell Center for Sustainable Productionの代替物評価の枠組み

3.EPAの難燃剤の代替物評価

4.Green Screenの難燃剤の代替物評価

参考文献

◇物理化学的性状の推算法

物性,反応性(分解性)の推定に一般によく使用されている米国EPAのEPI Suiteの推定精度には十分注意を払い,推定値がリスクトレードオフ解析結果に及ぼす影響を見極める必要があることを解説しました。また,あわせて,推定結果の不確かさに大きな影響を及ぼすパラメータを確認するための感度解析について概説しました。

表6 EPI Suiteの推定モジュールの推定精度

◇既報の排出シナリオ文書

化学物質の製造,調合,加工,使用(個人や家庭での使用を含む),回収/廃棄の段階における水系,大気,固体廃棄物への排出量を推定するための排出シナリオ文書(ESD)として,OECDから公開されている30分野のESD等について紹介しました。

表7 既存のOECDの排出シナリオ文書

◇推計環境排出量のメッシュへの配分

推計された環境排出量を基に,AIST-ADMERやAIST-SHANEL等の環境動態モデルで化学物質の環境中濃度の空間分布を推定する場合には,排出量推計値をモデルに設定されている空間メッシュに配分する必要があります。このため,配分方法を化学物質の製造から廃棄に至るにフロー図としてまとめ,解説しました。


図11 事業者,家庭,廃棄物処分施設からの環境排出量のメッシュへの配分フロー

◇Read across法

情報がない化学物質の物性,環境中運命,毒性等特性を他の物質から推論するために,「類似した化学物質は,類似した性質を持つ」という考えで,グループ化,アナログ,カテゴリー等の概念が展開されてため,その考え方の1つであるリードアクロス(read-across)(ある物質の物性を最も類似した物質のデータで読み替える技術)について概説しました。

◇代替物評価

Green Screenの難燃剤評価を例に,ハザードベースで代替物を選択する方法としてEPAやその他の機関から発表されている代替物評価(Alternatives assessment)法について概説しました。

また,テレビ筐体用難燃剤として使用されるdecaBDEとその代替物であるビスフェノールAジホスフェート(BDP)およびレゾルシノールビス(リン酸ジフェニル)(RDP)の計3物質および各難燃剤の既知の分解物についてのGreen Screenでの評価結果も示しました。


図12 Green Screenにおける代替物質選択のためのベンチマーク

表8 リン系難燃剤とdecaBDEに対するGreen Screenのベンチマーク

◇技術ガイダンス

この技術ガイダンスは,当安全科学研究部門のホームページ上での公開を現在,準備中です。